この手の話は、活発にディスカッションされているよね。鬱展開の是非について、「読者は毎日の生活で辛い目に遭っている、読書にそんなもの求めてない」とか。
一理あるけれど、これは単なる市場の声だ。その上、「俺TUEEEだけでは物足りない」とか、「鬱展開だって見たい」という話が出てくるから、話が一気にややこしくなる。「だってあの名作にだって、鬱展開はあるじゃないか」こんな話が出てくると、もう泥沼だ。収拾がつかない。
正直、鬱展開の是非については、どうでもいいと思っている。マーケットが求めている作品を書きたいならそうすればいいし、好きに書きたいのなら好きに書けばいいのだ。「鬱展開は多数派には好まれない」という事実がある上で、書くかどうかの判断は、各々がすればいい。
「多数の人に好まれなくても、この物語はそういう物語なんだ! 鬱展開をやるぞ!」という意思があるのなら、それが選択だし、「沢山の人にウケたいし、鬱展開はやめよう!」というのなら、それが選択だ。
皮肉ではなく、ぼくはどちらでもいいと思っている。読者受けのために物語を捻じ曲げるのは、確かに好きになれないし、やめた方がいいとは思う。けれど、あなたの物語をどうするか決めるのはあなたである。それはあなたが持っている、書き手としての不可侵の権利であり責任だ。
ここでわかっておいてほしいのは、単なる市場の声を、「創作かくあるべし」みたいに思わないでほしいという事だ。
市場の声を聞き入れるかどうかの選択権は、あなたにある。あなたが判断して作品が決まるのであって、市場の声が直接、あなたの作品の鬱展開の有無を決めるのではない。
そしてもし、「鬱展開を書きたい!」というのならば、正しい使い方は、知っておいた方がいい。
実際、取り扱い方があるのは事実だ。間違えると、「ほらやっぱり!鬱展開はダメだって言ったろ!」と言われてしまう。そんなのは癪に障るよね。
結論から言うと、問題になるのは、鬱展開を扱う場所と期間だ。
読者は別に、鬱展開が嫌いなわけではない。鬱展開が変な場所に、長期間あるのが嫌なのだ。
『タイタニック』で第二幕に入ってすぐ、ローズの家庭事情や、横柄な婚約者に叱責される姿を見せられても、「あれ? ジャックとの関係が始まるんじゃないの?」と、面食らってしまう。
ジャックと出会ったのに、延々とローズは悩み、婚約者や母親に嫌になりながら、自分の将来を憂いている。こんなのがミッドポイントまで続いたら、「これって、ラブストーリーって触れ込みじゃなかったっけ?」となってしまう。3時間映画でこれはたまらない。
『マトリックス』でも、ネオが目覚めてすぐモーフィアスが捕まったら、『お楽しみ』が丸っと消失してしまう。確かに第一幕は面白かったけれど、本番はここからじゃないのか? 「もし、今までいた世界が、コンピューターによって作られた仮想現実の世界だったとしたら?」に応えてくれる、楽しいシーンはどこへ行ったんだよ!?
第二幕前半、ネオがジャンプ・プログラムに失敗する。だがそれがネオに、決定的な影を落とすわけではない。小さな違和感として残りはしたが、ネオはまだ元気だ。これは超えられる種類の壁である。でもこれで、ネオが完全に自信を失ってしまったらどうだろうか?
エージェント・トレーニングプログラムで美女に目を奪われることも、クルーの軽口を危機ながら朝食を取ることも、できなかったはずだ。スクイッディの襲来すら、興味を示さなかったかもしれない。この鬱展開のせいで、第二幕前半はめちゃくちゃになってしまう。
第一幕でやろうとしていた世界はどこへ行ってしまったのだろうか? 読者はそう思うし、あなただって、そう思ってしまう。
読者に期待させたら、期待には応えないといけない。『お楽しみ』そっちのけで鬱展開を見せられても困るし、せっかく『お楽しみ』の最中なのに、主人公が立ち直れないほどダメージを受けると、水を差されたような気分になるのだ。
『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』の第二幕前半で、ルーザーズクラブの面々が次々と惨殺されて、ビルが再起不能になってしまったら、一体何事かと思ってしまう。「え……、そういう話だっけ?」と困惑してしまうよ。
『お楽しみ』は『お楽しみ』として、読者の期待に応え続ける必要があるんだ。楽しい物語で鬱展開をやりたいのなら、第二幕後半からだ。
早い話が、通常の明るいエンタメ作品における鬱展開の取り扱い方というのは、こういう風になる。
第二幕前半で観客は、頭を空っぽにして新しい世界を楽しんでいる。そこにわざわざ鬱展開を持ち込んで、水を差すことはない。
『お楽しみ』は『お楽しみ』、鬱展開は鬱展開で分けることが大切なんだ。
『ダークナイト』は重い話だが、あれでもエンタメ作品だ。ハービーやレイチェルの件があっても、大ヒットしている。『マトリックス』だって、仲間がガンガンいなくなったが、どれも、第二幕が後半に入ってからだ。第一、ネオに至っては、予言者のところへ連れて行かれてからずっと浮かない顔をしている。
嫌なことや大変なことは、あってもいいんだ。ただし、『お楽しみ』に水を差さない場所に配置しましょうってだけ。
主人公が歩くこともできなくなるようなダメージを、第二幕前半に配置するのはやりすぎだ。早い段階の鬱展開によって、物語が止まってしまうのはまずい。そうしたいならば、一度パラダイムを専用に組みなおすべきである。