5.1秘密兵器その2:『スクラップ』のファイル

WRITINGステップ

これは完全にぼくのオリジナルだ。原稿本文のファイルと、推敲用のレポートのファイル。これに加えて、ぼくはもう一つ、『スクラップ』のファイルを作っている。

このファイルには、推敲の段階でカットしたシーンやシークエンス、文章を、切り抜いて保管している。要は、カットした文章の集積所だ。

文章の頭をクリックして、ドラッグして、「切り取り」を選択して、スクラップのファイルに「貼りつけ」。これでお終い。推敲に戻る。

■第三のファイル

こうして切り抜いた文章たちを何に使うかって? 何にも使わないよ。

ただ、取っておくだけ。どこまで意味があるかと聞かれると、「ほとんど気休め」くらいしか、回答は用意していない。

しいて言うなら、パソコンのデメリットを消したくて、紙の原稿用紙のメリットが欲しいのだ。

どこで見かけたんだったか忘れたが、昔、「紙の原稿用紙は、今まで書いたことが残るから良い。パソコンでは、すべて消えてしまう」という話を読んだ。

長編執筆に行き詰っていたころは、紙の原稿用紙に書けば事態が好転するかもしれないと思い、手書き原稿をやろうとしたこともある。結果は手が痛くなっただけだった。けど、残るのは良いな、と思ったのは覚えていたんだ。

そしていざ自分がカットする側に回った時、ふと思ったんだ。「せっかく書いたのに消したくない」と。

1000字なら1000字分の時間と、自分の大好きなキャラクターの会話や動きが、その文章には詰まっている。それを完全になかったことにするのが嫌だった。

かといって、カットが必要だと感じた、カットした方が良くなると感じた場所に、触れないわけにはいかない。その方が面白くなる、よくなると感じた気持ちを無視するのは、自分を偽っている。

という事で、カットはきちっとして、その部分をそのまま、別のファイルに残すことにしたのだ。

ごくごくたまに、「あれ? 前書いた文で気に入ったところあったけど、あれどうしたっけ?」となって見返すことはあるが、基本的に、作りっぱなしのファイルである。「control+F」で検索ができるから、整理もしない。

けれど、それで随分と、気分が楽になるのは確かだ。消した部分を見返したくなっても、スクラップのファイルを見れば確認できる。シーン単位、シークエンス単位で手を加えるとしても、消した部分を予めコピーしておくなり、切り取って張り付けておくなりしておけば、元に戻すことができる。

もしあなたが、かつて半日費やして書いた4000字を丸々カットすることになったとする。それをただ消してしまえば、費やした時間は本当に無になってしまう。

けれど取っておけば、無にはならない。書いた文はどこかに残り、ふと見返したくなった時にも、すぐに参照することができる。

勿体なくて消せない、なんてことが、これによって防げるんだ。

使えないのはたしかに勿体ないが、完全にゼロにならないのなら、ずっとマシだ。書籍化、メディアミックス、編集者の人と話をするときに、「カットしたんですが、実はこんなシーンがあったんですよ」と話せるだけでも、未来があると思わない?

思い切ってカットするためにも、カットした部分をきちんととっておくことは大切なのだ。

範囲を選択して、deleteやbackspaceを押すのと、「切り取り」と「貼り付け」を押すかだけの違いでしかない。だが、気は楽だ。肩の力が抜け、直すことに対して行動的になれる。これが大切だ。

文章を書くことは大変なことで、長編を書くのはもっと大変なことだ。ただでさえ大変なことをするのだから、エネルギーを節約できるところはそうしたほうがいい。1段落の文章をカットするのに良心の呵責を感じたり、断末魔の叫び声を上げているようでは、神経が持たないよ。

カットするという事は、消し去るのではなく、ベンチに下げるという事だ。必要になれば引っ張り出せる。野球やサッカーのように、一度ベンチに下げた選手は二度と使えないというわけでもない。その変更によってチームが総崩れになるようなら、また戻ってきてもらえばいいんだ。

この原稿を書いている最中にも、スクラップは増え続けているよ。

現時点で大体4万字程度だが、ここから先も増えていくと思う。けど、それでいいのだ。この数万字と引き換えに、カットや編集に対してアクティブになれて、推敲が楽しくなる。そしてあなたに数万字分、「他の項目ほど面白くなかった文章」を、読ませないで済んだ。

安い買い物だから、あなたにもおすすめだ。

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