3.3「インスピレーションを待つ」は最低の悪手

WRITINGステップ

モチベーション関連の話になるが、ぼくが知る中で最大の、悪手中の悪手が「書くためにインスピレーションを待つ」というものである。

インスピレーションは、待っていても湧いてこない。これはぼくが語気を強めて言っているわけではなくて、ロバート・ボイスという心理学者が行った実験の結果が物語っている。ポール・J・シルヴィアという心理学者の著書からの孫引きになってしまうけれど、紹介させてもらうよ(Silvia 2007: p. 26)。

実験はこうだ。

論文が書けなくて困っている大学教員を集め、条件の異なるグループに割り振った。

一つのグループでは書くことを制限し、緊急性のない執筆を行うことを禁じた。

もう一つのグループでは、50回分の執筆スケジュールを組んだうえで、気の向いたときだけ書くようにした。

最後のグループでは、50回分のスケジュールを組んだうえで、執筆を欠かした際に負えペナルティを与えるようにした。

この3つのグループでそれぞれ、一日の執筆ページ数と、独創的なアイデアが浮かんだと感じたタイミングを記録した。

■ロバート・ボイスの実験

結果、ペナルティのあるグループは、執筆量が一番多かった。気の向いたときに書くグループの3.5倍、緊急性のある執筆以外を禁じたグループの、16倍、執筆量が増えた。

まあ、これは、なんというか、割と予想できた結果だ。ぺナルティがあれば、誰だってやる気を出す。上司に怒られないなら、遅刻したって怖くない。

ここで重要なのは、インスピレーションなんてなくても、書くことはできるという事実だ。机に向かわせた順に、執筆量が増えている。量を生み出すのは机に向かった時間であり、インスピレーションではない。

そして、インスピレーションが浮かんだ頻度について。ここが肝だ。

執筆を強制されたグループほど、インスピレーションを得るまでの感覚が短かった。最初のグループは5日、次のグループは2日、最後のグループは1日という平均間隔で、新しいアイデアを閃いていたのだ。

机に向かったら向かっただけ、インスピレーションを得る頻度も増えたのである。

■書けば書くほど、インスピレーションも得やすい

この実験の結果をまとめるなら、「文章を書くのにインスピレーションは必要ないし、机に向かったら向かっただけ、インスピレーションは得られる」という事である。

順序は逆なのだ。インスピレーションを得てから行動するのではなく、行動するからインスピレーションを得られるのである。

文章を書くのにインスピレーションは要らないが、楽しく書くのに、インスピレーションはとても良い友達である。神秘としか言いようのない化学反応が起こって、思ってもみない面白さが表れたときの、あの楽しさったらない!

モチベーションとインスピレーションは、かなり近いところにいる。インスピレーションはモチベーションを起こさせてくれる。「早くこのひらめきを試してくれ!」って。けれど、両方とも、机に向かうのに必須なわけではないという事だけ、覚えておいてほしい。

ぼくはこの実験をよく、蛇口に例える。水が出るから蛇口が回るのではなく、蛇口を捻るから水が出るのだ。

インスピレーションもモチベーションも、待っているだけでは、いつまで経っても湧いてこない。時間が過ぎていくだけである。蛇口を眺めているだけでは、水は出てこない。

たしかに、この実験は大学の研究者を対象としたものであって、作家を対象にしたものではない。この実験を紹介した心理学者、ポール・J・シルヴィアも、「自分を、芸術学科で創作を教えている知人とを混同しないこと」(Silvia 2007: p. 51)と、学術書を書く人間向けであることを述べている。

そして彼は、以下のようにも言っている。

ぼく等は、奥深い語りを創造しているわけでも、人間の心が露わになるようなメタファーを創作しているわけでもない。分散分析が華麗だったといって、読み手の涙を誘うわけではない(ただし、分散分析の手抜きは読み手の涙を誘う)。引用文献をコピーして手渡したからといって、感動を分かち合っているわけではない。作家や詩人が、風景画家や肖像画家だとすれば、学術的文章の書き手は、スプレーペンキで地下室の壁を塗るペンキ職人のようなものだろう。

(Silvia 2007: p. 51)

否定的な内容を引いたように見えるかもしれないけれど、そんなことはないよ。少なくとも、手法によって物語を構成し、長編を執筆しようという立場の人間にとって、執筆は、曖昧なアートではないんだから。

自分自身の内部について、どこに、何を書くべきか、自分が何を書きたいかという、芸術の分野に属する話は、執筆の前段階で済ませたのだ。むしろ今は、ペンキ職人でいられることを喜ぶべきだ。せっかく、あれこれ考えずに、目の前の文章に集中できる環境を作れたのだから。

以前を思い出してほしい。壁を何色で塗ればいいのかもわからなかった頃に比べれば、頭を真っ白にして手を動かせば終わるというのは、どれだけ幸福なことだろう。

書いているとき、やることはシンプルなのだ。めちゃくちゃ綺麗な職人仕事で、ムラなくペンキを塗ればいい。芸術家には、後でまたなることができる。

ぼくもあなたも、クリエイティブで創造的な分野にいる。けれど、学術的文章の書き手から学ぶことだって、大いにあるのだ。

物語は最初、神秘的なひらめきから始まる。キャラクターも神秘だ。けれど、その先を構成していくのは芸術ではなく、職人の仕事である。それを文章という形にするのも、職人の地道な作業である。

そして最後にまた芸術の分野に戻って、自分の好みを反映する。二つの分野を行ったり来たりすることによって執筆はずっと楽しくなり、よりエネルギーを注ぎ込めるようになる。

インスピレーションやモチベーションは、行動すればついてくる。反対に、離れれば離れるほど、やる気もひらめきも失われ、執筆はあなたを苛んでくる。

そうならないためにも、あなたは自分から行動を起こすべきなのだ。待っていてはいけない。水が欲しいなら、蛇口を捻ればいいんだ。